セミナーレポート

ハイブリッドワークとのつきあい方

松下 慶太・関西大教授に聞く、働く場所を「選び、組み合わせる」働き方が求められる背景と意義

ハイブリッドワークとのつきあい方――松下 慶太・関西大教授に聞く、働く場所を「選び、組み合わせる」働き方が求められる背景と意義

松下 慶太 氏(関西大学社会学部教授)

2022年5月10日、OFFICE PASS事務局は「ハイブリッドワークとのつきあい方」と題したウェビナーを開催しました。講師には『ワークスタイル・アフターコロナ』などの著書がある関西大学社会学部教授の松下慶太氏をお招きし、昨今ハイブリッドワークが求められるようになった背景から、企業がハイブリッドワークの導入を検討する際にどう目的を整理すべきかまで、ポイントをわかりやすく解説していただきました。

新しいワークスタイルの背景「天地人」

まず、新しいワークスタイルが出てくる背景を次の3つに分類して整理しました。「天」とは、メタバース、AI、ロボットなども含めたデジタルトランスフォーメーションの進展です。「地」とは、環境経営、カーボンニュートラル、SDGsなど、環境や地球全体に企業あるいは個人としてどうコミットしていくのかを明確に求められるようになった時代背景のことです。「人」は、ウェルビーイング、自律型人材といったキーワードが示す、昨今人材の確保や育成に関して重要になってきているテーマです。これらの文脈をベースに新しいワークスタイルを作っていく気運が今、高まっているのです。

新しいワークスタイルの背景「天地人」

いまの学生は週5日オフィス勤務を希望しているのか?

昨年、私の授業を受講している学生に、どういった勤務形態を希望しているのかというアンケートを投げかけてみた結果がこちらです。週5日オフィスで勤務したい人は9.3%しかいません。一方で、フルリモートを希望している学生もほとんどいませんでした。53.7%は週3-4日オフィスで勤務し、残りはテレワークというスタイルを希望。次いで23%はそれより少しオフィス勤務が少ない働き方を希望しており、合計で8割近くがハイブリッドワークを期待しているという結果が見えました。

いまの学生は週5日オフィス勤務を希望しているのか?

対面経験の「コスパ」に敏感な「リモートネイティブ」

大学の講義もハイブリッドが増えていて、対面でもリモートでもどちらでもよい、という選択肢を与える講義もあります。結果、大教室で1人きりで90分しゃべる、ということになったというツイートをしている大学教員がいました。今の学生は「リモートネイティブ」です。リッチなオンライン経験に慣れているのと同時に、対面経験の「コスパ」に敏感です。「(わざわざ対面にせずとも)オンラインでもいいんじゃないですか」という疑問が教員にも突きつけられるという状況になってきています。企業も早晩、こういった状況に直面するところになるのではないでしょうか。

出社とリモートのハイブリッドが増えている時代

これまでは週5日オフィス勤務し、週2日休日をとる、という働き方が一般的でした。ところが、例えば柔軟な働き方として「ハイブリッド×週休3日」になると、2日オフィスに行って、2日リモートワークして、3日休む。こういう働き方が出てくるということです。さらに、リモートワークを2日やった後、休日が3日あるとしたとき、育児や介護、副業など個人の求めるライフスタイルとの両立がぐっと現実的なものとなってきます。

出社とリモートのハイブリッドが増えている時代

これからの前提は「Online Based Offline」

コロナ禍以降、オンラインでできることが拡大し、対面でなくても、または対面よりも効果的にできる業務や体験はどんどんオンラインに置き換わるということが起こりました。これが進展していくことによって、モードが「Offline Based Online(オフラインに基づいたオンライン経験)」から「Online Based Offline(オンラインに基づいたオフライン経験)」に切り替わってきています。オンラインではできなかったり、オンラインでするよりもオフラインでやったほうがより効果的な経験、たとえば機密情報の伝達や対人コミュニケーションの細やかな部分は、「Online Based」の中でもオンラインに置き換わらず依然としてオフラインで行う意義、価値があるといえるでしょう。

この変化ににともない、これまではオフラインが前提で、なぜオンラインでやらなければならないかを説明し納得してもらわなければいけなかったものが徐々に逆転し、今は「なぜオンラインでできることをオフラインで実施するのか」を説明しなくてはいけなくなったということです。いわば「メリット説明の攻守交替」が起こったのです。

また、先に学生が対面経験の「コスパ」に敏感だという話をしましたが、コスト負担に関する捉え方も変化してきます。これまでは週5回オフィスに通勤するのは当たり前、通勤費を会社が持ち、ワーカーは台風がきても絶対に出社するのが社会人という考え方が当たり前でした。これからは、対面で業務を行うのにかかるコスト負担に多くの人がより敏感になると同時に、コストを求めるならばそれに見合うメリットも求められるようになります。今までやってきたから、では納得感はもはや得られません。

Work From HomeからWork From Xへ

コロナ禍で広がった在宅勤務を欧米では「Work From Home(WFH)」と呼んでいました。オフィス勤務が普通だったところからコロナ禍によりWFHが広がり、次のフェーズとして「Work From X(WFX)」の時代へと変遷してきています。

コロナ禍でのWFHは「いつか日常に戻る」という「非日常」のモードで、働く場所は自宅のみ、既存の方法の代替としてのオンラインという考え方でした。これに対してWFXの時代では、WFXを日常と捉えるため、働く場所もオンラインの度合いも絶対的なものはなく、その都度選んでいくものとなります。さらに、セレンディピティ(偶発的にもたらされる発見)はオフィスのみで働くことよりも働く場所が複数化することでより大きくなるとも考えられます。

リモートワークの課題については研究が進んできていますが、そこであがっている課題の多くは「リモートワークそのものの課題」ではなく「WFHが原因の課題」ではないかと思われます。たとえば運動不足になりがち、という課題に対しては、コロナ禍における拘束がとれれば、自宅で働いていても近くを散歩したり外で運動したりといったことで解消可能です。ワーカー個人、そして会社やチームなど組織がWFHからWFXにアップデートしていくのがポイントです。

Work From HomeからWork From Xへ

企業がWFXを導入する意義

WFXが効果的であるという実証データも出てきています。HUMAN FIRST研究所が昨年行った調査によると、パフォーマンス上位25%の人のうち、44.6%の人が働く場所を3種類以上組み合わせているという結果が出ています。この因果関係の精査は必要ですが、パフォーマンス上位層をうまく自社につなぎとめておくためにはWFXの環境を整える必要があるといえそうです。

WFXの導入目的

WFXの目的には2つの方向性があります。

ひとつめは「Getting byの方向性」で、いわば「なんとかやり過ごす」ためのWFX導入です。たとえば、これからはリモートワークを認めない企業は就職先としての魅力度が下がっていくため、人材を採用・確保するにはWFXの導入が必要だという考え方はありえます。また、BCPの視点、ワークフローの効率化やオフィス維持コスト削減といった目的も「Getting byの方向性」に含まれます。

もうひとつは「Go aheadの方向性」です。企業としてさらに前進していくという目的、たとえば高度人材の獲得、イノベーションやクリエイティビティを高める、環境経営・健康経営の推進、ABWの拡張といった目的のもと、WFXを導入する方向性もあるでしょう。

いずれにしても、Online Based Offlineの経験をつくっていくことがハイブリッドワークをするうえで重要です。Getting byとGo ahead、両にらみでもいいですが、どういう戦略のもとで取り組むのかという視点が必要不可欠になってきます。

WFXの導入目的

就活をしている学生からは、「働きたくない」という声をよく聞きます。なぜでしょうか。私には働きたいように働けないから働きたくない、と言っているように見えます。ハイブリッドワークを取り入れていくことは企業の発展にも寄与しますが、皆が働きたいように働ける社会の実現にもつながっていくと考えています。

質疑応答

Q: 働く場の自由度を高くすることと組織として成果を出すことの両立に悩んでいる企業は多いです。組織の中で議論すべきテーマはありますか。


A: 業務に応じてそれを行う最適な場所は異なるはずです。単純に色々な場所で働けるようにしたから成果が高まるわけではありません。業務を細分化して、どの業務をするのにどの場所がいいのか分解して考える必要があります。ワーカー個人は、自分はこういう時はこういう場所が成果が出る、ということを自覚的に考えてみてはどうでしょうか。マネジャーとそういったテーマで話すなどコミュニケーションをとっていくことも大事です。もちろんこれはマネジャー側の課題でもあります。組織としてはこういった理由で、オフィスに出社して働いてほしいと考えている、ということをきちんと伝える。ワーカー個人も、自身がどういう業務のときにどこで働くのがよいかを明確に意思表示する必要があります。このようなコミュニケーションの結果、双方の納得感が高くなった組織ではハイブリッドワークの成果が上がっています。

質疑応答

Q:ハイブリッドワークの実践に際しては、企業全体で足並み揃えて、というよりは同じ業務でまとまるチーム単位で決めて進めるのがふさわしいように感じます。その際にチームのマネジャーがやるべきことは何でしょうか。


A: チームのメンバーに「腹落ち」してもらうことが何より大切です。そのためには、片手にエビデンス、片手にフィーリング、この両方が必要です。業務成果については測ってエビデンスを示すのが定石ですが、それだけだとロジックでは納得するが感情がついていかない部分がどうしても出てきてしまいます。また一方で、「対面の方がなんとなく伝わると思うから、集まって会議しよう」とフィーリングだけで言われても、納得できない部分もある。両方を点検する時期に来ているのではないでしょうか。特に、対面で集まる時のエビデンスとオンラインを採用する際のフィーリングが求められているように思います。オンラインでやるときには、気持ちよく入っていけるような環境作りが大事です。足りていないところを見直していくことがハイブリッドワークの導入には大切ではないでしょうか。

講師プロフィール​

松下 慶太 氏​

松下 慶太 氏

関西大学社会学部教授。博士(文学)。専門はメディア論、コミュニケーション・デザイン。近年はワーケーション、デジタル・ノマド、コワーキング・スペースなどメディア・テクノロジーによる新しい働き方・働く場所を研究。近著に『ワーケーション企画入門』(学芸出版社、2022)『ワークスタイル・アフターコロナ』(イースト・プレス、2021)『モバイルメディア時代の働き方』(勁草書房、 2019)など。