セミナーレポート

NTTは変わる 社員に選ばれる会社になるための働き方変革

リモートスタンダードや居住地自由の背景にある考え方と運用の実際

日本電信電話株式会社(NTT)で人事担当の執行役員を務める山本恭子氏

2022年9月27日、OFFICE PASS事務局は「NTTは変わる 社員に選ばれる会社になるための働き方変革」と題したウェビナーを開催しました。講師は、日本電信電話株式会社(NTT)で人事担当の執行役員を務める山本恭子氏です。NTTグループは2022年7月に、国内のどこでも自由に居住して勤務できる制度を導入しました。居住地自由の制度はメルカリやDeNAなどの新興企業が導入していますが、伝統的大企業には前例がなく、産業界に大きな衝撃を与えました。本セミナーでは、今回の制度導入の背景やNTTの働き方の現状を山本氏から伺いました。聞き手は『ワークスタイル・アフターコロナ』等の著者で、関西大学教授の松下慶太氏です。

NTTはリモートワークの浸透で満足度と生産性が向上

NTTグループは昨年、新たな経営スタイルへの変革を発表しました。様々な業務変革やDXを推進し、制度の見直しをすることによって、リモートワークを中心とした新たな新しいスタイルを作っていこうということで、「ワークインライフ」推進と言っています。

ワークインライフとは、ワークは人生の一部であって、ライフが充実することによってこそ、社員の皆さんのワークも充実していくという考え方です。ひとりひとりの人生そのものが健康で豊かなものになるように会社がサポートしていくという考え方です。働くことが人生に占める部分は大きいです。働く時間と場所、住むところも含めて柔軟で多様な選択肢があることが必要だと考えています。

新たな経営スタイルへの変革

NTTグループはリモートワークをこれからも実践して、当たり前にリモートワークの選択肢がある世界をめざしていき、お客様のDXや地域創生・分散型社会への貢献にも役立っていけたらと考えています。

リモートワークに関する制度は、新型コロナウイルスの感染拡大をトリガーに、いくつか基本的な見直しをしてきました。リモートワーク実施回数の上限をなくす、通勤費を実費精算に変更、リモートワーク時の手当を作る、コアタイムをなくしたスーパーフレックスタイム制の導入など、様々な制度の見直しを2年前の2020年度に行いました。

また、自宅の環境が良くない場合や、お客さま先への外出時などタッチダウンとして利用できるサテライト拠点も整備してきました。自社の局舎を改造したところもあれば、他社の設備や施設を使わせていただいていることもありますが、2022年3月時点で約496拠点まで利用できるようになりました。

昨年のリモートワークの実施率は、オフィスワーカーのみに限ってみれば、約7割をキープしています。

実は、リモートワークが浸透してきて、社員の意識にも、変化が現れています。まず、満足度が相対的に上がっています。特に、働きやすさに関する項目が大幅に上昇しました。 働きやすい職場環境、効率的な働き方ができる、仕事と生活の両立ができる、という項目のスコアが上がっており、特に女性の満足度が上昇しているのが特徴です。また、リモートワークの満足度と生産性に関連性があることが分かってきました。リモートワークの満足度が高いほど生産性も上がったと感じている人が多いということです。生産性については、あくまでも社員の感じ方ではありますが、リモートワークにおける働き方をしっかりと確立すること、コミュニケーションが円滑にとれる環境をちゃんと作ることで、生産性を高めていけることが分かってきました。

リモートワークによる意識の変化

居住地自由を導入 人生の充実をサポートする会社でありたい

次に、住む場所の自由を実現するリモートスタンダードの制度について紹介します。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて一定の制度を見直してきたので、時間や場所にとらわれない働き方は実現できてきたと思います。もう一歩踏み込んで、住むところを自由にしようというのがこの制度です。

首都圏のオフィスワーカーを中心に、約3万人を対象にスタート、6月24日にニュースリリースを出しました。

今までは、片道2時間以内で通勤できる範囲に住んでくださいということにしていたので、 遠隔地への人事異動があった場合は、転居や単身赴任をしてもらっていました。リモートスタンダードの制度が適用されると、国内であれば居住地は自由としています。出社の時、飛行機が必要であれば飛行機代を、新幹線で通うことが必要であれば新幹線代を旅費として出すことにしています。

居住地自由のイメージ

単身赴任の解消も進めています。7月に入って単身赴任が若干減ってきたものの、まだ好きなところに住み始めようという大きな動きにはなっていません。今後、ライフサイクルのタイミングや、家族や親との関係なども考えて、家賃の安いところに住む、子育てしやすいところに住む、親の近くに住むことが選択できるような環境が整ってきつつあるかなと思います。

私達が多様な働き方を進めているのは、多様な方にこの会社で働いていただきたい思いがあるからです。多様な働き方だけではなく、人事制度やカルチャー変革なども進めています。多様な人材の確保のため、いろいろなバックグラウンドをもち多様な働き方をする方たちが活躍できる機会を提供し、働きがいが高まる仕組みを実現したい。そして、社員の皆さんひとりひとりにとってのウェルビーイングや人生そのものの充実に繋がることが実現できればなと思っています。

私たちの会社の競争力の源泉は、なんといっても人です。社員の皆さんが成長することで会社も成長しますし、会社が成長することで社員の皆さんの新たな成長機会に繋がるような好循環を回していくのが私たち人事部門の役目だと思っています。

人事部門がめざす姿

さまざまな人事制度改革にも着手しています。いろいろな働き方を選択できる、年齢や年功に捉われないチャレンジができる、成長を実感できる働き方が実現できればいいと思っています。

いま、会社と社員の皆さんとの関係性は変わってきていて、会社は選ばれる側の存在になりました。この会社で成長できるのか、仕事も家庭も諦めなくてすむのか、人生そのものが充実するか、そのような会社でないと選んでもらえない時代だと思っています。選び続けてもらえる会社であり続けるために、私たち人事部は様々な策を打って、皆さんに選ばれていきたいと思っています。

NTT流 リモートワークを成功させるコツ

(講演に続き、山本氏と松下氏のトークセッションを行った)

NTT流 リモートワークを成功させるコツ

松下 新型コロナ感染拡大当初から継続的にリモートワークを推進していく中で乗り越えてきた課題にはどのようなものがありましたか。たとえば制度面であったり、物理的なIT環境、社員のマインドに関するものもあるかもしれません。どのような課題に直面し、それを乗り越えて進めてこられたのかをお聞きしたいです。

山本 リモートワークは会社で今までやっていた仕事をそのまま家に持って行けばいいかというと、そうではないと思っています。いくつかポイントがあります。

リモートワークの成否を分けるもの

まずIT環境。クラウドベース、ゼロトラストベースでリモートでも安心して働けるIT環境がないとだめというのが第1ステップ。

IT環境が整ってもまだだめで、次にコミュニケーションやマネジメント、情報やプロセスが変わっていかないといけない。働き方そのものが進化していかないと、リモートワークは上手くいかないと思っています。リモートでのコミュニケーションは、顔が見えなかったり、隣の席から目に入ってくる情報が少なかったりするので、自分から発信していくという意識がとても大事です。当社ではオープンなコミュニケーションを推奨しています。

Web会議など同期を取ったコミュニケーションと、非同期のコミュニケーションを効果的に使い分けることが必要です。今まで耳に入ってきて情報共有できていたものができなくなるので、チャットなど非同期型のツールを使いながら、非同期なんだけれども、そこに行けば情報が分かる、どういう会話がされているか分かるというようなものを効果的に使うことが必要です。

そしてチームビルディングや、チームメンバーのオンボーディングに時間と手間をかけることです。リモートでもチームビルディングを意識して、お互いを知るプロセスを経ないといけないと思います。新メンバーが入ってきた時は、前からきちんと準備をして、誰がメンターをするかを決め、メンバー1人1人と知り合える場を設けたり、定期的にサポートのチャットを入れたりするなどのオンボーディングをしっかりすることが必要です。

ツールもありますし、確立したメソッドもさまざまなものがあるので、参考にしていただけるといいと思います。

マネジメントも対話型でやっていくことが必要です。察してくれるだろうという文化が通用しないので、必要なことを伝え、メンバーの側も考えていることを相談できるような、オープンで相談しやすい雰囲気も、とても大事です。

情報やプロセスをはじめいろいろなことが暗黙知になっていると上手くいかないので、形式知化して共有していく。これはたとえば紙のものを電子化するなど、少しずつでも解消していく努力を通じ、実現するものです。

さらにもうひとつ。幹部層が、自らやることも大事です。たとえば、執行役員会議や取締役会、幹部会議などの会議の場にもリモートを取り入れて、幹部がリモートでもコミュニケーションを実践することが、実は浸透に繋がっていくのではないかと思います。

リモートワークしにくい現場ではDXで省力化がファーストステップ

松下 マネジメント層が自らやらずに指示するだけだったら簡単ですが、自分たちがいざやろうとなると二の足を踏むことも多いと思います。私が専門とするメディア論でも、新しいメディアやテクノロジーを取り入れる時に違和感や拒否反応、新しいモデルに対する警戒感が起こるとされています。そこをどうアンラーニングしていくかだと思うんですけれど、NTTでは、アンラーニングも含めて、新しいものへの移行はスムーズにいった印象ですか。

山本 会社ごとにやや差はありますけれども、グループ全体が通信・ITにかかわり、顧客のリモートワークをサポートし、ソリューションを提供していかなければならない立場なので、まず幹部も含め自らが実践をしていくとリテラシーが上がっていきました。

コミュニケーションの取り方や、情報共有の仕方もです。会社の性格もあって抵抗がある方が少なかったと思います。

一方で、現場系の仕事も残っています。お客さまのところに伺って工事をしなければいけないものはありますし、コールセンターでは集まってコールを受けなければいけません。そういうところはツール面で進化をさせていくことが大事ですし、現実的にはまだまだリモートワークが叶わない仕事の種類は残っています。

松下 NTTの中には、リモートワークを進めていく部門と、それを下支えし基盤を作っている現場系の方もいらっしゃる。そのあたりの不公平感、たとえば「なんであの人たちはリモートワークできて、自分たちはできないんだ」などの不公平感にはどのように対応したんでしょうか。

山本 まだ不公平感はあると思います。リモートワークできない種類の仕事については、まずはDXを進めていきたいです。

今まで3人で現場に行かなければいけなかったものを、自動化やAIを使うことによって、現地に行くのは1人だけで良くなり、残りの人はリモートでアドバイスするような形になる。あるいは自動化されるので人手がそもそもかからなくてすむこともありますし、コールセンターもリモートコールセンターを実現できているところもあります。

ただ、1つ1つ積み重ねなので、一足飛びに実現するのは難しい。新型コロナウイルスの感染拡大が酷かった時は、「なぜ危険を冒してオフィスに出社しなきゃいけないんだ」という声もありました。実はすごくセンシティブな問題をはらんでいると思います。

NTTの新卒は意外にも出社を希望?マネジメントは複雑さを増している

松下 現場の仕事はゼロにはならないし、重要ですよね。一方で、いま伺ったようにDXを進めて、人手が少なくてもできたり、行かなくてもできたりといった業務が増えていく流れも確実に存在しているので、「うちはそのような現場だからテレワークできない」ではなくて、そういった業態の企業でも今後を見据えて取り組んでいくことが重要になっているということですよね。

NTTは19万人を抱える巨大組織で、先ほどのお話のように現場系の方もいれば新しく入ってくる方も多い。「うちの会社はリモートワークを進めていくんだ」ということを、どのように浸透させて共感を得ているのかお聞かせいただければと思います。

山本 会社が大きいだけに、対外的に方針を出してしまうことも、ブーメラン効果で、皆さんに伝える効果があると思っています。社外のコミュニケーションと、社会への情報発信と、社内のコミュニケーションをバランスよくやっていくことに気を配っています。

社内のコミュニケーションは、私1人が言っても全然浸透しなくて、各社の人事部門や働き方改革を推進していく部門が、同じマインドで運営を進めてくれているのがとても大事です。ボトムアップ的なものとトップダウンで方針を出すところとが上手く噛み合っていくことが大事なのかなと思っています。

松下 山本さんの印象として浸透してきた感じなのか、まだ道半ばかでいうとどうでしょうか。

山本 まだ道半ばです。対外的にはビッグニュースとして扱ってもらっていますが、まだリモートスタンダードも19万人中3万人だけが対象なんですね。まだまだ広げていかなければいけないと思っていまして、そのためにはDXや、プロセスの見直しが必須ですし、スキルやリテラシーの向上もはかりたい。

今回の方針の狙いは、どのような仕事であっても、柔軟な働き方の選択肢があり、住むところが自由だという世界を目指すことです。そういう意味で、まだまだ道半ばです。

松下 大学の授業で学生たちにアンケートを取ると、フルに出社したいと答える学生は10%いるかいないかぐらいです。ただ、会社へ行きたくないわけではなく、いいバランスでハイブリッドワークしたい学生が多いのです。そうした若い世代が増えてくる中で、採用の手応えについて伺いたいです。
データとして出てくるのはこれからだと思いますが、リモートスタンダードの方針を出したことの採用への手応えや影響、そのあたりで山本さんが感じているものはありますか。

山本 まず中途採用や、ダイバーシティに配慮した採用は格段にしやすくなっています。働き方の選択肢があることが、人材確保に繋がっていると思います。

新卒採用についていうと、新型コロナウイルス感染拡大直後はリモートワークの選択肢があることは好評でした。でも、今年の4月に入社した新入社員の皆さんは出社を希望しています。おそらく来年もそうだろうと見ています。 大学の時にリモートで何年も過ごした世代なので、対面のコミュニケーションに飢えている人もいますし、対面で教えてもらわないとスキルが身につかないのではないかという不安感を抱えている学生が増えてきたという実感があります。
当社もフルリモートを推奨しているわけではありません。週に1回や月数回、たとえば新メンバーが来るとか、チームビルディングのフェーズである、あるいはディスカッションを集中的にやりたいなどのフェーズでは集まって仕事をする方が効果的です。新入社員の皆さんには不安がある方も多いことを踏まえ、週に日にちや曜日を決めて皆で出社するなどの選択をしている職場もあります。
リモートワークがない選択は嫌で、リモートワークが選択肢としてあることはプラス。でもフルリモートと言われると不安、というような気持ちが、最近の新卒採用の皆さんの中にある大きな傾向かと思っています。

松下 おっしゃる通りで、若い世代は対面への飢えがあります。逆に対面のハードルも上がっている気がしています。
たとえば、「読んだら分かる研修はオンラインにしてください」と言われたり、せっかく出社するんだったらそれなりの理由を要求されるというような話も聞きます。マネジメント層からすると、マネジメントが立体化した、つまり出社するかしないかということも納得・共感してもらったうえで、さらにサポートすることも求められるようになりました。NTTでも、マネジメントのやり方の変化は大きな課題になっているのではないかと思います。社内でどのようなリアクションがありますか。

山本 生産性を向上するためには、対面でのコミュニケーションとリモートを効果的に使い分けることが大事なので、マネージャーの負荷が増えていると思っています。
リモートでコミュニケーションしつつ、「こういう仕事、こういう時は皆で出ようね」ということをアレンジして、デザインしてやっていかなければいけない。かつひとりひとりとコミュニケーションをし、チームビルディングにも気を配り……ということで、マネジメントの難易度は確実に上がっていると思います。そこのサポートを十分にできているかというと、これから考えていかないといけないです。マネージャーたちをサポートするプランですね。

松下 19万人という巨大な組織においてスタートした今回の取り組みが日本の社会に与えたインパクトは非常に大きい。今の日本社会では、何が成功かとか、何がいい人生かというのは曖昧化しています。この取り組みは、そんな社会のなかで、多様な状況やワークスタイルを多様なままどうマネジメントするか、というチャレンジであると考えています。これは難しいんですけれども、目指すゴールは意外にもシンプルなコンセプト、つまり「ウェルビーイングを達成する」ことにあります。これが非常におもしろいし、これからの企業にとって大事になってくることなのではと感じました。